キサントプロテイン反応
アミノ酸検出反応の一種にキサントプロテイン反応というものがあります。
これは「ベンゼン環をもつアミノ酸」に反応するもので、調べたい物質に濃硝酸を混ぜて加熱すると黄色に呈色する反応です。ベンゼン環をもつチロシンに行った場合、淡黄色に呈色します。
これは濃硝酸によってニトロ化したチロシンが、酸性溶液中では360㎚付近の可視光を吸収するため、我々の目には黄色に見えるのです。このチロシンにさらにアンモニア水などを混ぜてアルカリ性にすると、橙黄色に色が変わります。これはチロシンのベンゼン環についたヒドロキシ基(-OH)が脱プロトン化して陰イオンとなったため、pH9以上の条件下では428㎚付近の可視光を吸収するためそう見えるのです。
チロシン以外でも芳香族アミノ酸なら反応しますが、同じベンゼン環をもつフェニルアラニンではニトロ化が起こりにくいため、ほとんど呈色しません。
「芳香族」「ニトロ化」というのが大事なんですね。
ベンゼン環のニトロ化
ここで「ベンゼン環のニトロ化」というワードが出てきます。
これは混酸下(硝酸+硫酸)で生じるニトロニウムイオンがベンゼン環にくっつく(付加する)反応のことです。芳香環の1つの炭素に結合している水素が離れてニトロニウムイオンが新たに結合する反応、とも言えます。
学術的には、芳香族求電子置換反応(electrophilic aromatic substitution)といいます。
芳香族に求電子剤(電子が不足していて+に偏っている分子やイオン)が攻撃を仕掛け、炭素と強力に結びつき、不安定化したベンゼン環が結合していた水素を手放して安定化しようとする(一部が置き換わるように見える)反応ですね。
今回はこのニトロ基(-NO₂)が、チロシンの場合、ベンゼン環のどの位置につくのか、についてまとめたいと思います。
オルト・パラ配向性
ベンゼン環に置換基が2つついている(二置換ベンゼン)場合、3種類の異性体が存在します。
「オルト(ortho:1,2-二置換)体」、「メタ(meta:1,3-二置換)体」、「パラ(para:1,4-二置換)体」の3種類です。
チロシンの構造の一部はベンゼン環にヒドロキシ基(-OH)がついたフェノールと同じなので、まずフェノールにおける二置換ベンゼンの生成についてみてみます。結論から言うと、フェノールの場合、オルト、パラに置換基がつくことが多いです。メタ位はほとんど見られないです。なぜなのか。
それは「正電荷の安定化」が関係してきます。
求電子剤(例えばニトロ基)がフェノールのオルト位・またはパラ位の炭素に付加すると、求電子剤がもともともっていた+の正電荷が芳香族上の炭素に流れ込みます。ベンゼン環のπ電子(多重結合を形成する電子)は、共有π軌道(分子全体を覆う軌道)を形成しており、この軌道上で電荷が移動することが可能です。ベンゼン環はこの流れ込んできた正電荷をπ軌道を通じて移動させ、ベンゼン環上に非局在化させます。
これは正電荷が単一の炭素原子に留まると電荷集中が起き、不安定化するためです。不安定要素を移動させることでその集中を緩和し、構造的に安定しようとするのです。生き物みたいですね。
このように電荷がπ軌道上を非局在化している様子を表したのが共鳴構造体です。実際の分子は、これらの状態の中間的な状態で存在しています。
オルト・パラ位に置換した場合、この正電荷が-OH側に流れ込んだ共鳴構造体が出現するのです。ここがメタ位との違いです。
-OHの酸素原子には非共有電子対があり電子が豊富にあるために起こります。この-OHに正電荷がついた共鳴構造体というのがオクテット則(最外殻電子に電子が8つあるときに最も安定するという法則)を満たすため、安定化した構造なのです。この構造体ができるオルト・パラ位の生成物の方が安定するので、不安定なメタ位の生成物より多くできやすいのです。こういう傾向をオルト・パラ配向性といいます。
チロシンの場合もオルト・パラ配向性があるといえそうですが、パラ位にはメチレン基(-CH₂-)がついていて付加できないため、オルト位にニトロ基がついたニトロチロシンになります。
ここまで理解するのに3~4時間かかりました。理由はしょっちゅう思考の停止が起きたこと(邪魔が入る)と、以前にニトロ化が出てきた時に完全に理解していなかったから、です。しかしまだ疑問は残ります。
共鳴構造は現実を合理的に理解するための1つの道具
私が一番ひっかかったのは、なぜ上記のような安定した共鳴構造体がメタ位だと出現しないのか、ということです。-OHがついた炭素上に+がつけば安定構造体になるのに、メタ位だとそれが「書けない」という記述しかないのですよ。私が普段からよく参考にさせて頂いている参考書代わりのChem-Stationにも、生活と化学にも。
メタ位だと安定した共鳴構造体が書けない
これは共鳴という概念の理解から再確認して、ようやく納得できました。(↓以下、AIとのやり取り)
Q:共鳴構造式を書く上で、m-攻撃だと正電荷がヒドロキシ基に隣接する炭素上にこないため、ということですか?共鳴構造式で正電荷の移動を書くと、あたかも正電荷が炭素原子を1つ飛びで移動しているかのように記すため(π軌道間しか移動できないため)、m-攻撃だとヒドロキシ基隣接炭素に正電荷がこない、ようにしか書けないから、ということですか。
ChatGPT:
ChatGPT
その通りです!m-攻撃の場合には、共鳴構造を書く際に正電荷がヒドロキシ基(-OH)に隣接する炭素原子に来ない、つまりヒドロキシ基が正電荷を直接安定化する共鳴構造を描けないために、o-攻撃やp-攻撃と比べて安定化効果が小さい、ということになります。
共鳴構造を描く際、正電荷の移動は芳香環のπ電子系に限定され、連続したπ軌道を介してしか移動できません。その結果、以下のことが起こります:
- o-攻撃やp-攻撃の場合:
求電子攻撃の結果として生成される正電荷は、共鳴効果によってヒドロキシ基に隣接する炭素原子上に移動できます。この状態では、ヒドロキシ基の酸素原子が持つ非共有電子対が正電荷を安定化するような共鳴構造を書くことが可能で、さらにオクテット則も満たされます。 - m-攻撃の場合:
正電荷は、π軌道を介した共鳴移動の結果として、ヒドロキシ基に隣接する炭素原子には到達しません。正電荷がヒドロキシ基の隣接炭素に来るルートが存在しないため、ヒドロキシ基の非共有電子対が正電荷を安定化する機会がなくなり、共鳴安定化が劣ります。
まとめ:
m-攻撃の場合、正電荷がヒドロキシ基隣接炭素に来ないために、ヒドロキシ基がその正電荷を直接安定化させる共鳴構造を書くことができません。この結果、m-攻撃の共鳴構造はo-攻撃やp-攻撃の共鳴構造に比べて安定性が劣り、ヒドロキシ基が「オルト-パラ配向性」を示す理由になります。
このように、正電荷の移動は「1つ飛び」の炭素へは移動できないという共鳴の基本原則が、配向性の基盤となっています。
Q:実際にはどうなっているかわからないが、実験結果などからm位の生成物ができる確率が少ないため、共鳴体構造式では以上のように書いて理解している、ということですか?
ChatGPT
はい、その理解で正しいです!実験結果に基づき、m位の生成物が少ないという事実が観測されているため、それを説明する理論として共鳴構造が使われています。この理論では、化学結合や電子の振る舞いを説明するためのモデルとして共鳴構造が採用されており、共鳴構造式を描くことで実験結果を合理的に説明しています。
実際のポイント:
- 実験結果に基づく観察
実験的には、ヒドロキシ基(-OH)が置換基として存在する場合、生成される生成物の分布を調べると、o位やp位の生成物が優勢であり、m位の生成物は非常に少ないことが知られています。この傾向は、「オルト-パラ配向性」としてまとめられています。 - 共鳴構造で説明する理由
共鳴構造は、分子内の電子の分布や安定性を説明するための理論的なモデルです。共鳴構造式を描くことで、o-攻撃やp-攻撃では安定なオクテット則を満たす構造が形成される一方で、m-攻撃ではそのような安定化が得られないことが示されます。この違いが、o位とp位の生成物が優勢である理由として解釈されます。 - 実際の分子内での電子分布
現実の分子内で電子がどのように振る舞っているかは、実験的手法や計算化学(例えば量子化学計算)を用いて直接確認することができます。実際の電子分布は、共鳴構造の単純化された描写以上に複雑であることが多いですが、共鳴構造式は化学反応の結果を直感的に理解するための便利なツールです。 - 結論としての理解
実験結果(m位生成物が少ない)と共鳴構造の理論(m攻撃では安定化が弱い)が一致するため、現在の化学では「共鳴構造式による説明」を受け入れています。ただし、この説明は理論モデルであるため、実際の分子内の現象を完全に正確に反映しているわけではありません。
補足:
化学では、「理論と実験結果が一致するかどうか」が重要であり、共鳴構造はそのような一致をうまく説明する道具として使われています。そのため、現実にどうなっているかは厳密にはわからなくても、共鳴構造式による説明は現象をうまく理解するための合理的な近似と考えられています。
以上、あくまでこれは私はこのように理解した、ということであって、100%正しいかどうかはわかりません。AIですからね。でもスッキリした…
この「現実にはどうなっているかわからないけど、実際の現象を理論で理解する」という理系の基本的な考えに馴染めなくて(実際どうかわかんないでしょ!、と謎の反発心があって)、私は理系に苦手意識を持つようになったんだったな…となんとなく自己分析もできました(笑)
今は「実際の現象をここまで理論で押し通して理解しようとする人間ってすごい、それでも理解できないことがあるってこの世の中の現象って面白い、不思議」という感じです。最初に抱いてしまったイメージというのはなかなか払拭できませんが、実際に勉強してみないとわからないことも多々ありますよね。
この辺のところをうまく子供に伝えて、子供が化学嫌いにならないようにしたいですね。
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