物理基礎「温度と熱」を終えました。
レーザープリンターで「熱」が発生する部分といえば、定着部分です。
レーザープリンタの定着部分はどうなっているか
レーザープリンターでは、紙に付着したトナーを、熱で溶かし、圧力を加えてプレスすることによって紙に定着させています。この定着部分を担うのが、定着装置(フューザーユニット)です。
下の画像では、「Fixing roller」が「定着ローラ」を表し、紙に熱を与える役割を持ちます。
「Fixing roller」と紙をはさんで反対側にあるのが「Pressure roller」(加圧ローラ)で、トナーがのった紙を加圧し、定着させます。

定着装置の主な構成要素としては以下が挙げられます。
- 定着ローラ(または定着フィルム)
- 加圧ローラ
- ヒータ(ハロゲンランプ/セラミックヒータ)
- サーミスタ(温度検知)
- サーモスタット(安全装置)
これらがユニットとなってアマゾンなどでも購入できます。

What is a fuser assembly?
この定着装置に関する特許において、比熱や熱量はどのように使用されているのかを調べてみました。
すると、熱伝導部材の物性評価として、「熱伝導率」を「熱拡散率」や比熱、密度などから算出して使用していることが分かりました。
以下抜粋。
…また、本発明に係る熱伝導部材の熱伝導率は、計測される熱拡散率を用いて算出することができる。
【0106】
熱拡散率の計測は、例えば、熱拡散率・熱伝導率測定装置(商品名:ai-Phase Mobile 1u、株式会社アイフェイズ製)などを用いて行うことが可能である。熱拡散率を熱伝導率に換算するためには、密度と比熱容量の値が必要であるため、例えば、乾式自動密度計(商品名:Accupyc 1330、株式会社島津製作所製)などを用いて密度の計測を行う。また、比熱容量の計測には、示差走査型熱量測定装置(商品名:DSC-60 株式会社島津製作所製)などを用いることができる。そして、得られた密度(ρ)、比熱容量(C)及び熱拡散率(α)から、下記式(1)を用いて熱伝導率(λ)を算出することができる。
【0107】
λ=ρ×C×α・・・(1)
これについて学んだことをまとめます。
熱伝導部材とは
本記事で扱う「熱伝導部材」とは、一般的な部品名称ではなく、
定着装置においてヒータの温度分布を均一化するために用いられる高熱伝導率部材のことを指します。

定着装置において熱源はヒーターです。
通常はハロゲンランプまたはセラミックヒーターが使用され、このヒータによって定着ローラの表面温度は、通常160~220℃まで急速に加熱されます。
ヒータは発熱しますが、用紙の通り方・放熱・部品接触の違い等で、場所によって温度ムラが発生します。
ヒーターに接触して設置された熱伝導部材に、熱伝導率の高い材質をもってくることで、ヒーター近傍で局所的に高くなった熱を周囲へ素早く広げることができます。
これにより、定着ローラや定着フィルムの幅方向・周方向に生じやすい温度ムラが緩和され、
用紙全面を均一な温度で加熱することが可能になります。
もし温度ムラが大きいまま定着処理が行われると、
一部でトナーが十分に溶融せず、画像が薄くなったり、逆に高温部でトナーが過度に溶け、光沢ムラやオフセットが発生したりするなど、画像品質の低下につながります。
そのため、定着装置における熱伝導部材は、
単に「熱を伝える部品」ではなく、「ヒーターの点的な発熱を、面として安定した熱に変換する役割」を担っているといえます。
この熱伝導部材の役を、物理的に言うと「熱拡散による温度平準化」であり、これを数値で具体的にみるために使用されているのが、特許本文にもあった、
熱伝導率・比熱容量・熱拡散率の関係である「λ=ρ×C×α」になります。
熱は何が運んでいるのか?
これから熱拡散率と熱伝導率について学ぶにあたり、まずはごく基本的な点を確認しておきたいと思います。
熱を運ぶ仕組みは、物質が金属か非金属かによって大きく異なります。
金属の場合
金属の内部構造には「自由電子」が存在しています。
この自由電子は、金属の結晶構造の中を比較的自由に動き回ることができます。
金属中に温度差が生じると、高いエネルギー(激しい熱運動)をもった自由電子が、低温側へ一気に移動します。
この電子の移動によってエネルギーが運ばれるため、金属では熱が非常に速く広がります。
その代表例が、銅やアルミニウムです。

ただし、金属であればすべて熱が速く伝わるというわけではありません。
例えばステンレス鋼のように、不純物や合金元素を多く含む金属では、自由電子の移動経路に障害が多く存在します。
その結果、電子の移動が妨げられ、熱の伝わる速さは銅やアルミに比べて遅くなります。
非金属の場合
一方、非金属材料には自由電子がほとんど存在しません。
この場合、熱は「原子の格子振動」、すなわちフォノンとして伝わります。
原子が振動し、その振動が隣の原子へと順番に伝わっていくことで、熱が移動します。
この伝わり方は、自由電子が一気に移動する金属の場合と比べると効率が低いため、
非金属では一般に熱の伝わる速さは遅くなります。

このように、熱が「何によって」「どのように」運ばれるかの違いが、材料ごとの熱伝導率や熱拡散率の差として現れてきます。
熱拡散率/温度拡散率とは
Wikipediaで定義を調べるとこう書いてあります。
伝熱現象において、定常状態の温度勾配などを求めるときに用いる物性値
(Wikipedia「温度拡散率」)
まず「伝熱現象」とは、熱エネルギーが移動する現象全般を指します。
伝熱のしかたは、大きく次の3種類に分類されます。
① 熱伝導
物体の内部、または接触している物体間で、
分子や電子の運動によって熱が伝わる現象です。
物質そのものは移動せず、熱が移動します。
・金属内部で熱が広がる
・ヒーターから定着ローラへ熱が伝わる
といった現象は、すべて熱伝導にあたります。
② 対流(熱伝達)
固体と運動している流体の間の伝熱現象のことで、
液体や気体そのものが動くことで熱が運ばれる現象です。
・温められた空気が上昇する
・冷却ファンで熱気が流される
といったケースが代表例です。
③ 放射
熱が赤外線や遠赤外線などの電磁波を介して運ばれる現象のことで、
電磁波そのものは熱ではなく、物質に吸収されることで熱を発し、電磁波の波を伝える媒体がない真空状態においても熱が伝わる性質を持ちます。
・ヒーターが赤く光って熱を放つ
・太陽の熱が地球に届く
といった現象がこれにあたります。
これらのうち、熱拡散率が直接関係するのは主に「熱伝導」です。
定常状態とは何か
「定常状態」とは、時間が経っても温度分布が変化しない状態を指します。
もう少し噛み砕くと、
熱は流れているのに、温度の形(分布)が変わらないという状態です。
たとえば、
ヒーターを入れてしばらく経ち、「これ以上温度が上がりも下がりもしない」状態になったとき、
その系は定常状態にあります。
逆に、電源を入れた直後や、急激に加熱・冷却している途中のように、温度が時間とともに変化している状態は
非定常(過渡)状態と呼ばれます。
温度勾配とは何か
「温度勾配」とは、「場所による温度の変化の度合い」のことです。
簡単に言えば、どれくらいの距離で、どれくらい温度が変わっているか、を表したものです。
またヒーターを例にとると、
ヒーターの近くは高温だが、少し離れると低温であるとき、その「温度の下がり方」が温度勾配です。
温度勾配が大きいと、短い距離で急激に温度が変わっていることを表し、
温度勾配が小さいと、 なだらかに温度が変わっていることを表しています。
熱拡散率の公式
これらを踏まえると、
熱拡散率とは、
「熱が物体の中をどれだけ素早く広がり、最終的にどのような温度分布(温度勾配)になるかを決める指標」だということです。
つまり、熱がどれくらいの速さで広がるか、を見るための物性値が熱拡散率なのです。
熱拡散率は数式で表すと以下の通りです。(Wikipedia「温度拡散率」より)

ここで
k :熱伝導率(J/s・m・K)
ρ:密度(kg/m3 )
cp:比熱容量(J /kg・K)
(※比熱の記号について、c、cp、Cなど表記ゆれがありますが、本記事では以降cで統一します)
ρcとは
単位だけで見ると、
(kg/m3 )×(J /kg・K)= J /m3・K となり、
つまり「1m3の物体を、1K上げるのに必要な熱量」という意味になります。
c(比熱)が大きいと、
物体が熱を蓄える能力が高いので、同じ温度まで上げるのにエネルギーがより必要になります。
ρ(密度)が大きいと、
同じ体積でも物質の中身が詰まっているので、熱をさらに蓄えることになります。
よって、ρcが大きいと、体積当たりの温度が上がりにくい。
逆に言えば、温度が安定しやすいといえます。
定着装置でいえば、定着ベルトや定着フィルムに比べて、定着ローラーがこの性質に近いです。
定着ローラーの場合、密度が大きいというより質量がそもそも大きいのですが、
体積当たりの温度が上がりにくいので、立ち上がりに時間がかかります。
一方で、ベルトやフィルムに比べ、温度ムラが出にくく温度が安定しやすいといえます。
熱伝導率とは
続いて「熱伝導率」について見ていきます。
Wikipediaでは、熱伝導率は次のように定義されています。
温度勾配により生じる伝熱のうち、熱伝導による熱の移動のしやすさを規定する物理量
Wikipedia「熱伝導率」
この定義から分かることは、
対流や放射ではなく、「熱伝導」による熱の移動に限定した物性値である、ということです。
つまり、
空気の流れで熱が運ばれる現象(対流)や、
赤外線として放たれる熱(放射)は含まず、
物体内部や接触界面を通じて伝わる熱だけを対象にしています。
※ここでは数式(フーリエの法則)には立ち入らず、まずは概念的な理解を目的とします。
熱伝導率が表しているもの
熱伝導率とは、簡単に言えば、
「温度差があるときに、どれくらいの熱エネルギーが流れるか」
を表す指標です。
ここで重要なのは、熱伝導率が見ているのは 「速さ」ではなく「量」 だという点です。
同じ温度差があるとき、同じ条件で接触しているとき、より多くの熱エネルギーを運べる材料ほど、
熱伝導率は高くなります。
そのため、銅やアルミニウムといった材料は、「たくさんの熱を一度に運べる」ため、熱伝導率が高い材料として知られています。
単位が示す意味
熱伝導率の単位は、
W / (m・K)
です。
これは、「温度差が1 K(1 ℃)あるとき、長さ1 mあたりで、どれだけの熱エネルギー(W=J/s)が流れるか」
を表している単位です。
つまり熱伝導率は、
「熱をどれだけ流せる通路か」という材料の通しやすさを数値化したもの、と考えると理解しやすくなります。
熱拡散率との違い
ここで、先に触れた熱拡散率との違いを整理しておきます。
熱伝導率 → どれだけの「熱量」を流せるか
熱拡散率 → 熱がどれくらいの「速さ」で広がるか
という関係にあります。
熱伝導率が高くても、材料が重く、比熱が大きい場合には、
温度の立ち上がりは遅くなることがあります。
そのため、
定着装置などの温度制御では、熱伝導率と熱拡散率の両方を見て材料設計が行われているのですね。
熱拡散率の式変形
熱拡散率の式:

を、熱伝導率を求める式に変形すると、
k=ρ×C×α
になります。
素人の私からすると、「熱伝導率を知りたいなら、熱伝導率を測ればいいのでは?」と思ってしまいますが、
実務の世界では、熱伝導率の「直接測定」は難易度が高いようです。
【参照】
測定精度に特に大きく影響する要因は,固体材料では表面接触抵抗などによる表面温度の測定誤差であり,流体試料では,試料内部に発生しやすい熱対流の影響である.「機械工学辞典」熱伝導率の測定法
熱伝導率と熱拡散率の測定方法には定常方法と非定常方法とがあります。
実務では、熱伝導率を直接測定するには厳密な定常状態と温度勾配の制御が必要で、測定条件の影響が大きいため、非定常法で熱拡散率 (α) を測定し、密度 (ρ) と比熱 (C) を掛け合わせる方法が一般的なようです。
この測定方法もいろいろあって調べるときりがないですが、機械設計において非常に大切な部分であることを認識しました。熱の発生はダイレクトに消費者の安全に直結してきますからね。
電子機器や機械システムが動作中に発生する熱を適切に管理・制御するシステムや技術のことを「サーマルマネジメント」というそうです。
電気電子機器に用いられる半導体、電池、電子部品の小型化、高性能化に伴って、サーマルマネジメント(材料)に対する要求は高まっているといえるでしょう。
今回調べて出てきた関連語句を「知子の情報」DBにインプットしていきます。
【参考文献】
・加熱装置、定着装置及び画像形成装置|特開2025-180600(P2025-180600A)
・コピーの不思議Q&A|リコー・サイエンスキャラバン
https://www.kouken.ricoh/science_caravan/QandA/science/qanda2_18.html
・熱伝導の基礎知識 熱伝達との違いや金属における熱伝導について
https://www.tokkin.co.jp/media/technicalcolumn/2301051?utm_source=chatgpt.com
・金属と温度と電気の関係
https://www.rkcinst.co.jp/technical_commentary/14563/
・熱伝導率とは
https://cend.jp/heat_primer/thermal_conductivity.html?utm_source=chatgpt.com
・熱伝導率の測定法|機械工学辞典
コメント