塗布膜形成装置についての日本語明細書を1つ読み終わりました。
塗布膜形成工程において、塗布膜厚の変動には大気圧や、湿度、温度の影響があることを学びました。これら影響要因がどのように膜厚に影響するのか、学んだことをまとめたいと思います。
塗布膜形成工程
今回取り上げるのは、レジスト膜を塗布する工程です。
半導体ウェハにレジスト液を塗布し、フォト技術を用いて回路パターンを露光、現像処理するリソグラフィ工程の一貫になります。
塗布膜形成装置
下記画像のようなスピンコーティングを利用した装置をスピンコーターといいます。

半導体ウェハ(W)をスピンチャック(11)という部分で真空吸着して固定し、レジスト膜を上部ノズル(12)から滴下後、モータ(M)で高速回転させることで余分な液を遠心力で飛ばし、均一な膜を形成するように構成されています。
回路の微細化に伴い、わずかな膜厚の誤差が露光精度、寸法制御、そして歩留まり(良品率)の低下に直結するため、レジスト膜の均一性は不可欠です。
膜厚の変動に影響する要因はいくつか考えられますが、ここでは雰囲気内の大気圧、湿度(温度)が及ぼす影響について考えます。
雰囲気内とは、このスピンコーターが収められている箱状のユニット内部を満たす気体環境のことを指します。
例

スピンコートでの膜厚の決まり方
ウエハを回転させると、遠心力でレジスト液が外側に広がっていき、膜は薄くなっていきます。
それと同時に、レジスト液の中の溶媒がどんどん蒸発していきます。
蒸発が進むと、残った液はどんどん粘度が上がって(ねっとり)、ある時点で遠心力による「広がって薄くなる」動きがほぼ止まります。
つまり最終的な膜厚は、「遠心力で薄くなろうとする力」と「蒸発で液がねっとりして動けなくなるタイミング」の、せめぎ合いで決まります。
溶媒の蒸発が速いと、液は早めに「ねっとり」してしまい、遠心力で広がる時間が短くなります。
その結果、最終的な膜は「厚め」になります。
逆に蒸発がゆっくりだと、液は長い間粘度が低い状態(サラサラ)のままなので、その間に遠心力でもっと広がって、最終的な膜は「薄め」になります。
つまり「蒸発が速い→膜は厚くなる」「蒸発が遅い→膜は薄くなる」という、ちょっと直感に反する関係があるのです。
大気圧は「蒸発のスピード」に効く
蒸発というのは、レジスト液の表面から飛び出した溶媒の分子が、まわりの空気の中をすり抜けて遠くまで散っていく現象です。
ここで大気圧が高いというのは、同じ空間にぎゅっと空気の分子が多く詰まっている状態です。
飛び出した溶媒の分子は、まわりの空気の分子にぶつかりながら進むので、空気が「混雑」しているほど、遠くまで散っていくのに時間がかかります。
混雑した駅の中を人がすり抜けて出口まで歩くのに時間がかかるのと同じイメージです。
つまり大気圧が高い→空気が混雑している→溶媒の分子が散っていきにくい→蒸発が遅い、ということになります。
まとめると
大気圧が高い → 空気が混雑していて溶媒の分子が散っていきにくい → 蒸発がゆっくり → 液が長くサラサラのまま → 遠心力でもっと広がる(薄くなる) → 最終的な膜厚が薄くなる、ということなので、雰囲気内の大気圧が高いと、膜厚は薄く、大気圧が低いと膜厚は厚くなる傾向があるといえます。
これは湿度に関しても同じことがいえます。
水蒸気の分子も空気中に増えると、溶媒の分子が散っていく道を「混雑」させる側に加わるので、似たような形で蒸発を遅くする可能性がある、という見方ができます。
(※この特許には詳しい理由は書いてありませんでしたが、経験則的に湿度が高いとレジスト膜厚は薄くなる、ということが書いてありました)
理論で証明
この蒸発速度と膜厚の関係については、スピンコート時のキャスト溶媒の蒸発速度について予測するMeyerhoferモデルというもので確立されているようです。
これは「最終膜厚はキャスティング溶媒の蒸発速度eと遠心力による液膜の薄化のバランスで決まる(最終膜厚hfは溶媒の蒸発速度eに対してhf ∝ e^(1/3)という正の相関を持つ)」というものらしいです(詳しい計算は省く)。
これと、気体分子運動論に出てくる拡散係数についての考えを利用すると、理論的に証明できるようです。
ちなみに
気体分子運動論とは、気体を無数の微小な分子の集まりとみなし、それらの力学的な運動から気体の性質(温度や圧力など)を統計的に導き出す理論です。この理論を応用すると、物質が拡散する速さの指標である拡散係数(D)を分子レベルで計算・予測することができます。
拡散とは、濃度の高い部分から低い部分へ物質が移動する現象です。この拡散のしやすさを表す比例定数を拡散係数(D)と呼び、単位は (m2/s) を用います。この値が大きいほど、物質は速く広がります。
気体分子運動論より、
気体中における分子の拡散係数(D) は、全圧(P)に反比例します(D ∝ 1/P)。
圧力が上がって密度が高くなると分子間の衝突頻度が増え、平均自由行程が短くなって分子が移動しにくくなるためです。
参考:平均自由行程とは↓

大気圧が高くなると:
- 空気の密度が増し、D ∝ 1/Pにより溶媒蒸気の拡散係数Dが小さくなる
- その結果、表面近傍に蒸発した溶媒蒸気がたまりやすくなり、実効的な蒸発速度eが下がる
- Meyerhoferの関係hf ∝ e^(1/3)により、eが下がれば最終膜厚hfも小さくなる
つまり「大気圧↑ → 拡散係数↓ → 蒸発速度↓ → 膜厚↓」となります。
温度について
雰囲気内温度の変動も膜厚に影響は出ますが、これについてはもっと複雑な要素が関わっていました。
明細書には雰囲気内温度やレジスト液温度の変動により、ウェハの中心とエッジ側で膜厚の差ができることを述べていました。下記図は概念図。

先ほどのMeyerhoferモデルは「ウェハ全体の平均的な膜厚」を予測するモデルのため、中心とエッジとの違いについては触れていません。
どうやら雰囲気内温度による変動には空気流が、レジスト液の温度による変動には表面張力が関係していることがうっすら見えたあたりで…
今回は一旦終わりにします。
参考文献:
Corbett, J. D. F. et al.
・”Dynamics of polymer film formation during spin coating”
・Journal of Applied Physics, Vol.116, No.12, 123513 (2014)
・https://pubs.aip.org/aip/jap/article/116/12/123513/982309/Dynamics-of-polymer-film-formation-during-spin
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